
30代って、もっとスマートで成熟した大人だと思ってたのに!実際にはいい歳して他人に嫉妬したり、完璧主義にこだわって疲弊したりしている未熟な自分がいます。
でも、そもそも「内面が成熟している」ってどういうことなんだろう?
これまで出会ってきた「この人は内面が成熟しているなぁ」という人のふるまいを思い出してみると、4つの特徴があるように思います。
疲れていても不機嫌にならない
仕事や家事で忙しかったり、体調が悪かったり、日々いろんな理由で疲れてしまうシーンは多いもの。そんなときでも不機嫌にならず、周りの人への気遣いを忘れない人は成熟していてかっこいい!
その好例が、我が勤め先の御年80歳になる専務です。
会社の同好会で一緒に登山したことがあるのですが、山に登っている途中で専務の登山靴の底が剥がれてしまうアクシデントが発生。底の取れた靴はほぼ靴下のような状態で、石や湿った木の根で荒れた登山道を歩くのは相当辛かったはずです。
にもかかわらず、専務がそのアクシデントを皆に明かしたのはなんと下山後!同行していた社員たちに気を遣わせまいと配慮してのことだろうけれど、登山中いっさい周りに悟られず、いつも通りお喋りしながら歩き続けた胆力には驚くばかり。
むしろお菓子を配ったりと周りに気を配り続けていて、専務の肉体の強さ&魂の成熟度合いにはいつ思い返しても感服させられます。
完璧主義にとらわれない
わたしは悪い意味での完璧主義者。曖昧な状態が我慢できず、すぐに白黒つけたくなってしまう悪癖があります。
この悪癖を自覚するきっかけになったのが、新卒入社した会社の上司だったHさん。猛烈に仕事のできる人で、今でも尊敬している恩人です。
そんなHさんに教わったなかでも印象深いのが、
「社会には白黒つけられないことの方が多い。それでも完璧主義にとらわれず、「もういいや!」と投げ出すこともせず、曖昧さを受け入れたうえで物事を前に進めていくのが大人なんだよ」
という言葉。大学を卒業したばかりで未熟の極みにあったわたしには耳が痛すぎて、深く刻み込まれている言葉です。
Hさんの言う通り、仕事のみならず人間関係でも、すぐに結論が出なかったり、自分のこだわりを完璧に突き通せないことばかり。それでも諦めず、腐らず、一歩ずつ前進していく人はやっぱり成熟しているなぁと思います。
劣等感や嫉妬心をバネに自己研鑚できる
最近気付いて猛烈に恥ずかしかったのが、人を見て何となく「イラッ」としたとき、よくよく考えてみると相手は全く悪くなく、単に自分が嫉妬心を抱いているだけだったこと。
は、は、は、恥ずかしすぎる〜〜〜!!!
嫉妬心を抱いただけでもちょっと恥ずかしいのに、そのことを受け入れられず「イラッ」という害意のようなものに勝手に変換して、惨めさから逃げていた自分がまた恥ずかしい!!!!!
これと似たパターンで、劣等感からウジウジ卑屈になって自分の殻に引きこもる……という面倒臭い女ムーブを演じてしまうことも。あぁ、いつか己の恥に身を焼かれそう……。
きっと成熟した人なら劣等感や嫉妬心も冷静に受け止めて、「今の自分にはこれが足りてないんだな。じゃあどうすれば身に付けられるんだろう?」と頭を切り替えられるはず。
劣等感や嫉妬心をバネに自己研鑽できる人はやっぱりかっこいいし、強く憧れます。
些細な日常に幸せを感じている
繰り返し読んでいる愛読書の一冊に、ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」があります。ライクロフトという初老男性の日記の形をとって綴られた、エッセー形式の小説。
このライクロフトは、まさにわたしが思う「成熟」を体現した暮らしをしていて!基本的にはのどかな田園地帯で散歩と読書にふけるだけの日々なんだけれど、
- 欲しかった本が届いて大喜び
- 散歩道に咲いている花の名前を夢中で調べる
- 1日中好きなこと(=読書&散歩)をして暮らせる喜びを噛み締める
などなど、一見すると地味で些細な日常の出来事に、この上なく幸福を感じている人なのです。
一方のわたしは、やれあの服が欲しいだの、新しくできたあのホテルに泊まってみたいだの、常に欲望にまみれていて反省するばかり……。冷静にわが身を振り返ってみれば、すでに十分恵まれているはずなのに!
こうして足りないものにばかりフォーカスして無限に欲しがってしまうふるまいも、やはり未熟さの表れだと感じます。

内面を成熟させるための成長計画
こういう「成熟した人」に少しでも近付くにはどうすればいいのか?最初からあまり大きな目標を立てても挫折しそうなので、今すぐできる小さな行動目標を考えてみました。
疲れにくい生活をする/疲れたら正直に言う
「疲れても不機嫌にならない」は、未熟な凡人がいきなり目指すにはハードルの高すぎる目標。なので、まずは疲れにくい生活を目指すことで、不機嫌の芽を摘んでおくのが取れる最初の対策かなと思います。
予定を詰め過ぎない、明日できることは明日にまわす、睡眠時間の確保を最優先にするなど、まずは避けられる疲労を徹底的に避ける!
それでも疲れてしまって「マズい、このままだと不機嫌になりそうかも……」というときは、いっそ「疲れました宣言」をしてしまうのも一案。
「今はちょっと疲れていて、精神的にも肉体的にも余裕がなくて申し訳ない。気遣いは無用なので、そっとして置いてください」と正直に打ち明けてしまう方が、不機嫌になるよりまだマシです。
「70点主義」を採用する
「70点主義」はわたしが勝手に作った言葉。「完璧主義」に対応する概念で、ようは「70点くらいでOKとして、どんどん先に進めていくスタンス」のことです。
完璧主義者にとっては不愉快なことに、世の中には100点のものを作るより、スピード感をもって前に進める方が大事なことが多いんですよね。
完璧を追い求めるのは個人的な趣味の世界に留めて、仕事や他の人にも関係するシーンでは70点主義を採用するよう心がけたいところです。
自分の感情を客観視する
劣等感や嫉妬心、もしくはただ「イラッ」とするなどの負の感情が沸いてきたときは、いちど冷静になって自分の感情を客観視することが大事。
よくよく分析してみたら、それは怒りじゃなくて妬みかもしれないし、悲しみじゃなくてただの卑屈な気分なのかもしれない。
劣等感や嫉妬心に向き合うのは辛いし、本当に気分が悪くなります。でも、ちっぽけなプライドを守るために蓋をしてしまった本心を自覚することは、成熟への第一歩になるはずです。
SNSと距離を置く
SNSを見すぎていると、つい誰もがお洒落な部屋に暮らし、高級なファッションに身を包んでいるような気がしてしまいます。
そして愚かにも「自分にもかっこいいインテリアや新しい服が必要なのでは?」などと考え始め、些細な日常の幸福を噛み締める生活とは真逆の行動に突き進んでしまうんですよね……。
こうして文章にすると信じられないほど馬鹿げたふるまいだけれど、悲しいかな、これが現実。
ほかにもSNSの害は挙げ出したらキリがありません。可能な限りSNSとは距離を置いて、日常のありがたみを味わう時間を増やさなければ!と切に思います。
内面の成熟も70点主義で目指す
- 疲れていても不機嫌にならない
- 完璧主義にとらわれず、曖昧さを受け入れた上で前進できる
- 自分の劣等感や嫉妬心に向き合い、他責や卑屈さに逃げず、自己研鑽できる
- 些細な日常に、心から幸せを感じられる
こんな成熟した人になりたいけれど、実際には己の未熟さに自己嫌悪を覚えてばかりの毎日。とはいえ卑屈になってばかりいるのも、また未熟の証なんですよね。
はじめから完璧を目指すのではなく、疲れすぎないよう「70点主義」で成長していくのでもきっと十分なはず。もちろん、些細な日常を楽しむ心も忘れずに!
